高橋周平君(善通寺市出身)
開墾⇒香川ホンタカ栽培予定地
なぜ手島移住を考えたか?
高校+大学∔大学院と日本画を勉強してきたが、丸亀市主催のホットサンダルプロジェクトに参加したことで香川ホンタカと出会う。
当時、そこで唯一の後継者であった高田氏から指導を受け本鷹の魅力にはまった。(2012年、2013年、2016年)
ホットサンダルプロジェクトとは?
「HOTサンダルプロジェクト」
主催:丸亀市
開始:2012年~
場所:丸亀市沖合の塩飽諸島
期間:夏休みの約1ヶ月間
対象者:日本画専攻の美大生
内容:島民と交流しながら、瀬戸内海の自然を作品に仕上げる企画
「HOTサンダルプロジェクト」
主催:丸亀市
開始:2012年~
場所:丸亀市沖合の塩飽諸島
期間:夏休みの約1ヶ月間
対象者:日本画専攻の美大生
内容:島民と交流しながら、瀬戸内海の自然を作品に仕上げる企画
香川本鷹とは?
豊臣秀吉が朝鮮出兵の折に塩飽水軍への褒美として渡されたという言い伝えがあり、江戸初期に讃岐の国からトウガラシを仕いれていたという記録も残っています。
塩飽諸島で栽培されていた唐辛子「香川本鷹」は昭和30年ごろまでは盛んに栽培され、アメリカやヨーロッパにも輸出されていました。しかし、海外からの安価な農産物が大量に輸入されるようになると香川本鷹の栽培も激減し、一度は幻となりました。そのような折、偶然、2006年に種が発見され、手島で栽培が復活することになり、試行錯誤の末、ようやく手島の特産品として栽培されるようになりました。
しかし、最後の後継者と言われていた高田正明氏が2020年に亡くなられ、そこに現れたのが香川本鷹に夢を託す高橋周平君です。
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