パリ・ジャパンエキスポ について



今から10年前、日本文化の情熱的なファンであった数人の若者達が、フランスにおいて当時まだ未開拓だった漫画及び伝統文化、そして「今」の日本文化に特化したイベントを開催するという壮大な案を企画、そして実行に移しました。こうして始まったジャパンエキスポは見事成功を納め、2007年からは、ヨーロッパ最大の日本文化とエンターテインメントのフェスティバルと成り得ました。2009年には10周年を迎え、165,501人もの来場者で埋め尽くされました。こうして日本の政府機関を始め、多くの日本企業が参加するイヴェントになりました。。また、2009年にはジャパンエキスポの主催者であるSEFA EVENT社は、日本外務省より「外務大臣賞」を受賞しました。
今年も6月30日~7月3日まで会場には600もの出展ブースが設けられ、ライブイベントとして4日間で20を超える無料コンサートが開催されました。日本からはマンガ家のいがらしゆみこ さん、アニメーターの結城信輝さん、音楽家 大島ミチルさん、X-JAPAN、May’nさんら数十人ものゲストが招かれ、また、ユネスコなどによる東日本大震災復興を応援するプロジェクトも実施されました。
2012年も7月5日から7月8日まで4日間引き続きパリで開催され、新たに、フランス中部のオルレアン、隣国ベルギーのブリュッセルでも同様のイベントを開催されるそうです。既に継続的に開催されているフランスの南部マルセイユのジャパンエキスポ・シュードと併せて年4イベント体制となります。

四国夢中人ブース



今年で4回目の出展になる「四国夢中人」のテーマは昨年に続き「四国遍路」です。ここに並べられた商品は協賛企業から提供して頂いたものです。日本からの参加者は私のみで、フランス人スタッフ総勢6人はボランテアーとして四国夢中人ブースにフランス各地から駆けつけてくれました。彼等は既に四国夢中人プロジェクトのブロガーとして四国で遍路体験をされているので遍路のPR活動においても強力な助っ人となりました。

四国夢中人仏人スタッフ


デルフィーヌ・マシュ邸 レオ・ガントレ邸

   
クリスチャンヌ・パトリック 陶芸家 歩き遍路体験者
ステファン・ミショー プジョー 技術者 翻訳担当
デルフィーヌ・マショ 漫画家 2009・2010年参加ブロガー
アン・プランケ 生物学者 医師2010年参加ブロガー
チエリー・デル・ソコロー ウェブ・デザイナー 2010参加ブロガー
エミリ・ベルト  アーテスト 歩き遍路体験者
ザバヴァファミリー 商品の保管者
イアン・マリアン 商品の運搬2010年参加ブロガー
   
ホームステイ先  
デルフィーヌ・マシュ邸 7月4日~7月9日宿泊 (パリ)
レオ・ガントレ邸 7月7日~7月8日宿泊(アヌシー市)


観光PRパンフレット

     
四国ツーリズム創造機構 四国遍路88か所ガイドブック 200部仏語
四国運輸局  四国の観光 栗林公園 各200部仏語
香川県観光協会 ようこそ香川・瀬戸の美DVD 200部仏語
高松市 ようこそ高松市 200部仏語
  盆栽(アジア太平洋盆栽水石大会) 100部 英語
デヴィット・モートン 武揚堂 遍路ガイドブックとマップ 10冊


文化ステージ講演

遍路講演



7月1日11:30~12:30クリスチャンヌ パトリック

彼女は2005年に45日かけてコンポステーラの巡礼を体験して以来、巡礼に興味を持ち始め、2008年に四国遍路を知り、2010年には48日間の歩き遍路を決行し、最後には高野山で2日間瞑想にふけったそうです。陶芸家の彼女は普段はフランスとスペインの国境にあるピレネー山脈の麓で陶芸活動をされています。 偶々、遍路の途中に我が家に一泊されたのが御縁で今回の企画に参加して頂きました。

茶道講演



7月2日15:45~16:30チエリー・デル・ソコロー 2010年参加ブロガー

彼は武道家と同好会を地元で結成し、茶道家としても造詣が深く、自宅には茶室と日本庭園を御自分で造られました。日本人の心を体現したフランス人といえるでしょう。ちなみにボルドーの近くに行かれる機会のある方は彼の茶室で一服いかがでしょうか。 今回の彼の講演内容は香川での茶道体験(永楽亭http://www.eirakutei.com/中條文化振興財団http://chujo-zaidan.or.jp/)を編集したものです。彼は今年の茶の湯体験ツアーの責任者として企画に参加しています。

四国モニターツアー2011のブロガー募集

11月のブロガー募集のためのPR用テッシュウを3000個作成しました。 フランスではテッシュウが無料で配布される習慣がないうえ、がゼを引いたときに鼻をかむ以外に使うことがないらしく、不思議そうな顔をしている人が多くいましたが、とにかく3000個をすべて配り終えました。

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